怪事件は昭和になってからすぐに起こっています。それが静岡県の浜松市で起きた、「運動会の大福中毒」です。
初報となったのは、1936年5月12日付の東京朝日新聞。旧制浜松一中で300名が中毒、4、50名の重態者となっています。
ただ静岡県警察史には、わずかに6行で1400人が中毒症状、38人死亡がとあるだけ。空前の出来事ですが、人々の記憶にも余り残っていない事件です。
内容はというと、1894年開校の浜松一中の運動会のあと、配られた餡(あん)餅を食べ大規模な食中毒が起こったもの。
地元では、市民は混乱と恐怖のパニックともなっています。
当日は運動会があり、この最大のリクリエーションを生徒も教師も楽しんでいました。天気は晴朗で、青空には一片の雲もなくかったと校友会誌にあります。
盛り上がる運動会のハイライトは「三方原合戦」。剣道着を着た生徒たちが2組に分かれて戦う野仕合です。
運動会も終わり、解散前に生徒たちは恒例となっている、6個入り1袋の「餡(あん)餅」を受けとりました。その後、続々と中毒患者の報告が病院から入ります。
陸軍の防疫研究室から細菌学の専門家チームも駆けつけ、原因究明が続けられました。それによると、死者は46人となっています。
これほどの大事件なのにあまり記憶にないのは、すぐ後に起こった「阿部定事件」が、かき消したのかも知れませんね。
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